水口:きっかけは学生結婚です。19歳で子どもを授かり、家族を養うためにWebサイト制作を始めました。法人化したのは21歳の頃ですね。
東出:IT分野に着目した理由を知りたいです。飲食店のアルバイトなど、他の選択肢と比較検討しましたか?水口:雇われの身になると、自分自身でリスクをコントロールできません。解雇など他者の意思決定によって、家族が不幸になるリスクがあるからです。起業にもリスクはありますが、自分の意思決定で失敗したなら納得できます。
IT分野を選んだ理由は、当時の境遇が影響しています。まず学生なので、貯金は少ない。そして子育てをしながら、在宅で働きたい。これらの条件に合う事業を探した結果、Webサイト制作にたどり着きました。パソコンとネット環境さえあれば、事業を始められるからです。背水の陣でしたが、収益さえ上がれば青天井になる可能性も感じていました。
東出:最後の考え方がすばらしい。Webサイト制作は“化ける可能性”があると。時代の流れをつかめる人は※ブートストラップで成功するタイプが多いんです。「ブートストラップ型」のベンチャーとは、自己資金で成長を続ける企業のこと。事業そのものが生み出すキャッシュ(および借入)を事業に再投資し、さらなる成長につなげます。このような事業の成長プロセスは、オーガニックな成長(自律的成長)と呼ばれます。ひと昔前の上場企業は、ほとんどブートストラップ型でした。 一方、VCの出資を受ければ、短期間で上場できる可能性があります。これは「VC投資型」。両タイプに優劣はなく、起業家が「起業機会」のタイプも踏まえて、自分に合う方を選べばかまいません。
※ブートストラップ (bootstrap):原義はブーツの上端にある「靴ひも」。自分の「靴ひも」を引っ張り上げてフェンスを乗り越える行為から転じて「人に頼らず自力で困難を乗り越える」という意味で用いられる。企業経営の文脈では「VCなどの外部資金に頼らず、自己資金で成長すること」をさす。
水口:設立同業の学生ベンチャーと意気投合し、一緒に働くことに。そのあたりから、事業も雇用も拡大フェーズに変わりました。
東出:同分野の事業統合の場合、労働集約型になりがちです。そこからモードが切り替わり、高いマージンを確保する方向に動きましたか?
水口:切り替わったというか、労働集約モデルが安定しないことは理解していました。創業期に経営書を読み漁り、ストック型とフロー型のビジネスを組み合わせる重要性を学んでいたからです。
基本的に、Webサイト制作は労働集約型で浮き沈みもあります。そこで、知識集約型で収益性の高いメディア事業を開始。そちらにエンジニアやデザイナーの労働時間の10%を充ててもらい、両軸で安定的に稼げる仕組みをつくりました。
水口:設立7年目のからですね。はじめての買収はWebサイト制作やシステム開発をしていた会社です。50代の創業社長が引退するので、事業を引き継いでほしいと。その際に「売上と利益を買える」と知り、M&Aを推進するきっかけになりました。
東出:M&Aと企業成長の関係はいかがですか?水口:私は会社の売上よりも利益を重視しています。外側からはM&Aによる成長戦略に見えるかもしれませんが、内実は手堅く稼げる体制づくりです。
大きな利点は、買収先の「顧客」「売上」「仕組み」を引き継げること。さまざまな新規事業を立ち上げた経験もありますが、成功まで時間を要しました。それと比較すると、M&Aは即効性が高い。創業者や株主が売却を望んでいる優良企業を買収できれば、確実な利益が見込めます。
水口:ROI(投資利益率)を重視して、投資回収までの期間・労力・リターンなどを勘案しています。イメージは不動産投資に近いですね。
東出:いつ頃、不動産投資と似ていると思ったのですか?水口: SaaSなど、ストック型ビジネスの会社を買収してからです。たとえば、投資用の賃貸マンションのようにリフォームして資産価値を高めると、保有しているだけで一定のキャッシュフローが生まれます。
東出:M&Aを通じて、投資感覚が磨かれてきたと。
水口:そうですね。ただ、不動産投資のようなM&Aばかりではありません。教育、飲食、出版、アパレルなど、幅広い分野の企業を買収して新しいビジネスに取り組みました。未知の領域を経験して、自らの知見を広げるためです。「各業界の産業構造などを理解すれば、中核のIT事業にも役立てられる」という目算もありました。
東出:それは多くの起業家に共通する行動パターンです。これまでの中核事業とは異なる領域に踏みこんで、新たな学びを得る。そこで自社の真の強みに気づくケースが多いのですが、いかがでしたか?水口:ご指摘の通りです。さまざまなビジネスをやってみた結果、改めてネットビジネスの強みに気づきました。それは在庫や仕入れがなく、小さな資本で大きな利益を生み出せる点。「資本を使って資本を増やす」という資本主義の本質に適していると再認識しました。
水口:設立から10年経過した2014年頃だと思います。創業期から会社の成長を支えてくれた副社長が退任して、完全なオーナー経営体制になった時期です。一定以上の利益を産み出す仕組みもできており、家族を養うために始めたビジネスは十分に成長しました。
そこで次なる挑戦として、投資育成事業に力を入れました。いわゆるCVCですね。ただ、IPOなどのEXITまで時間がかかり、投資効率が悪い。そんなときに株式市場へ目を向けると、当社と事業シナジーが期待できる上場企業が多いと気づいたんです。なかでも割安な銘柄を探し、2015年頃から株式投資に取り組みました。
東出:培ってきた強みを活かせる場所に移ったわけですね。
水口:株式市場には、本来のポテンシャルよりも時価総額の低い企業が上場しています。その株式を当社が買って一緒に仕事をすれば、もっと株価を上げられる。そんな風に考え、複数社の筆頭株主や主要株主になっています。私は「事業家」と自任していますが、日経新聞に「投資家」と書かれたこともあるくらいです。
東出:水口さんは「どのようにお金がアセットに変わって、リターンを生むのか」という流れを実体験として積み上げています。その点は中小企業の経営者に近い。VCから多額の投資を受けても、効果的に使えない起業家もいますから。水口:ありません。仮にVCから100億円を調達して挑戦した結果、会社が潰れては元も子もない。自分のお金で責任の取れる範囲において、チャレンジするつもりです。
東出:やはり御社は「ブートストラップ型」のベンチャーですね。設立から20年間、人の縁やM&Aも含めて、成長機会を突き詰めてきた。その結果、成功した事例と言えるでしょう。水口:ありがとうございます。
東出:最後に、今後の展望を聞かせてください。水口:サイブリッジグループは事業継続の仕組みが確立し、安定期に入りました。もはや創業者の成功体験をアンラーニングすべき段階に来ています。今後は時代の変化に合わせて、経営をアップデートしなければいけません。
私個人としては、事業家として“手ざわりのある仕事”に心血を注ぎます。それは上場企業の経営です。昨年に自己資金でTOBを行い、東証スタンダードに上場する株式会社fonfunの過半数の株式を取得。新たなオーナー経営者として、同社の代表取締役社長に就きました。株式市場からは低い評価だった上場企業を真面目に経営して、企業価値を向上させていきたいと考えています。
自己資金による買収なので、ファンドのような制約はありません。腰を据えて経営改革と業績向上に取り組みます。
東出:非常に希有な例であり、興味深い取り組みですね。プロ経営者ではなく、オーナー経営者が上場企業を変革してバリューアップしていく。私見では、オーナー経営者のほうが社会に価値を発揮できる可能性が高いと考えています。次の機会に、そのお話を聞かせてください。 東出 浩教(ひがしで ひろのり)プロフィール早稲田大学ビジネススクール(大学院経営管理研究科)教授。早稲田大学WBS研究センターアントレプレヌール研究会代表理事。早稲田大学関連のベンチャーキャピタルであるウエルインベストメント株式会社の取締役会長。慶應義塾大学経済学部を卒業。鹿島建設株式会社に入社後、ロンドン大学インペリアルカレッジ修士課程を修了(MBA)。同大学大学院博士課程を修了し、日本初となるベンチャー研究における博士号(Ph.D.)を取得。早稲田大学出身のベンチャー企業経営者の会であるベンチャー稲門会発起人。日本ベンチャー学会副会長なども歴任。慶應義塾大学・九州大学ほか多数の大学で客員教員、内閣府・経済産業省・文部科学省・東京商工会議所などにおいて各種公的委員会の委員を歴任。監査役として、ベンチャー企業の上場にも携わる。専門領域は「起業」「ベンチャーキャピタル」「クリエイティブ・プロセス」「ビジネス倫理と哲学」など。国内外の若者にアントレプレナーシップ教育を実践し、多くの起業家を誕生させている。共著の『起業原論―成功する起業家の行動、戦略作りと資金調達』(中央経済社)など、著書多数。
水口 翼(みずぐち つばさ)プロフィール1982年、東京都生まれ。2001年、青山学院大学経済学部に入学。19歳で子どもを授かり、同級生と学生結婚。2003年、妻子を養うために起業。個人事業として、Webサイト制作やWebデザインを行う。2004年に株式会社シンクマーク(現:サイブリッジグループ株式会社)を設立し、代表取締役に就任。Webインテグレーション、インターネットメディア、インターネット広告事業を展開。2013年にベトナム法人を設立し、オフショア開発をスタート。積極的にM&Aを推進し、投資育成事業なども手がける。2023年に自己資金でTOBを行い、東証スタンダード市場に上場する株式会社fonfunの65%の株式を取得。代表取締役社長に就任し、企業価値の向上に尽力している。